いのちには匂いがある
命には匂いがあります。「無臭な物」それは無機質な物です。
エベレストの高山は雪と氷の世界です。酸素が薄く、紫外線が強いこの世界は、生物にとって過酷な世界で当然草一本生えていません。動物(人間)の体に取り付いている微生物以外ほとんど生物のいない世界です。ですからここには匂いがないのです。
元素にはそもそも匂いがあるのでしょうか。酸素や水素には匂いがありません。水も水道水はカビ臭やカルキ臭、塩素臭を感じることがありますが、蒸留水には匂いはおろか味もありません。金属はどうでしょうか。金の匂いはありません。しかし鉄の匂いは感じることができます。これは鉄と酸素などの元素が結びつき酸化鉄となり、その表面に化合物を形成するからです。鉄(Fe)という元素に匂いはありませか。
硫黄も同様で、よく卵の腐った臭いと表現されますが硫黄自体は無臭の存在で酸化することで臭いを発生します。
写真:2-1 牛糞堆肥工場での資材の発酵 発酵当初、刺激臭が強いです。堆肥の製造現場では1g中に10億匹以上の微生物が活発に活動しています。堆肥の中では70度以上の高温になります。
「いのちには匂いがある。」この言葉は科学的には正確ではないのです。たとえば香水です。沢山の種類の香水があり、バラの香りや、ジャスミンの香りなど、どんな匂いでも工場で造ることができます。この「香水」が生きているかといえば、工場で作られる化学製品ですから、生命体ではないのです。ですから「いのちには匂いがある。」は正確とはいえません。
香りを造る分子の構造は実はよくわかっていません。動物は匂いを識別しますが、植物が匂いを識別するのかについて私は知りません。植物は色々な匂いを作りだしていますが。
匂いの元は、「匂い分子」と呼ばれる物質で、その種類は100万種類もあるいわれています。
工場で作られる香料は、経験的に作られています。化学式から生まれている訳ではありません。料理と一緒で長年の体験に基づいたレシピによって造られます。新しい香りは、調香師と呼ばれる職人によって鼻で嗅ぎながら開発されます。
現在の化学では、匂いの世界はほんの入り口に立っている未開拓の荒野に過ぎません。
生命は高度な化合物の塊でもあります。 「いのちと匂い」の問いは、これから解明されゆく課題となります。
「におい」は漢字で書くと臭い、匂いと表現され、又香りとも書かれます。おおむね、人間が嫌うものを「臭い」と書き、普通は「匂い」、好まれるものは「香り」と表現されているようです。
団粒構造のナゾ?−その仕組み
土が団粒化すると植物の根張りが良くなり、植物が元気になります。又、団粒化すると、通気性の向上、保水力の向上で日照りに強くなる、水はけが良くなり根腐れの防止になるといわれています。
写真:2-2 団粒化した土壌
砂漠の土には匂いがありません。また、切り崩した山肌の土からも土の匂いがしません。
その理由は、土がまだ土壌になっていないからです。土(鉱物の粒)は微生物が繁殖して初めて土壌になるのです。砂漠の砂は土のように見えても、鉱物の粒の集まりでしかありません。生命がいない状態です。
日本の畑も匂いの少ない状態が多くなっています。
生育の悪い畑の土は、一見、土壌のように見えますが、土の匂いがしません。土の匂いの元は放線菌の匂いだといわれています。
農家の方でも土の匂いを嗅ぐということは、ほとんど忘れ去られています。
畑を持っていたら是非匂いをかいでください。
ナルナルの栽培科学では、「いのちには匂いがある」をテーマにしています。
土壌の壌
土壌の「壌」の字は発酵の酵と同一の意味でカモスという意味です「醸す」カモスは、お酒が発酵している状態です。微生物による発酵が行われて初めて、土は土壌となります。
土壌という言葉は微生物が発見される以前にできた言葉です。
おそらく先人は、堆肥を作る時や、食品が発酵するときに熱が出たり、独特の匂いが出たりする状態を「カモス」と表現したのでしょう。このことを土の状態にも発見したに違いありません。
発酵食品には、日本酒やワイン、甘酒、チーズやヨーグルト、バター、味噌、漬物(奈良漬や野沢菜漬、キムチなど、)、くさやの干物、鰹節、納豆、醤油、お酢、お茶葉、パン、ナタ・デ・ココなど、おなじみの食べ物がたくさんあり、発酵食品がなければ人類の食生活は大きく変わっていたことでしょう。
発酵した食品や物は必ず匂います。
土も発酵すると匂いがします。
土の中で微生物がどのように棲み分けているのかが、次のイラストです。
イラスト:2-1 複合微生物による土壌の団粒化イラスト図
上図の様に多種類の微生物が存在し、初めて団粒構造は構成されます。日照りの時に植物は団粒の中の水分を吸収します。
水はけが良くて、保水性が良いという一見矛盾して見える団粒化した土壌の仕組みは、適度な土の粒と粒との空隙が水と空気の通路を確保し、粒の中には水の粒が保存されるようになります。
保水性と通水性も理にかなった仕組みであることがわかります。
団粒は砂同士が化学的に結合したり、微生物の出す粘着物や菌糸が絡んで形成されています。
嫌気性菌は酸素を嫌うために空気の流れを避けるように、土の粒子の塊の中で暮らします。
糸状菌や放線菌は酸素がないと活動出来ないので、土の粒子の隙間に多く生息します。
土壌微生物は木の根に張り付き、植物と共生関係を築いています。微生物によって団粒化された土は保水力や空隙率に優れ植物の成長を助けます。
土壌微生物の生息域は土の表面から5〜10cmまでがもっとも多く、肥えた土壌の場合1g中に1億〜10億以上の数に達します。通常表面より深くなるたびに生息数が減少し、地下30cmの土壌中では極端に減少しています。
では、地表付近にしか存在しない微生物と植物はどのような関係にあるかというと、地表面近くの微生物は植物の根を追いかけるように土中深くまで根の成長と共に行動を共にするのです。このような微生物を根圏菌といいます。
表:2-1 土壌中の微生物数
微生物が棲むには栄養素が必要です。森の中には沢山の微生物が棲んでいますが、そこには餌となる有機物が沢山あるのです。枯葉や枯木、鳥獣の糞、虫の死骸など、およそ生命のあったものは何でも微生物の餌となり棲家となります。
生命の失われた土に生命の活気を取り戻すには、生命の素、すなわち有機物をいれてあげることが必要となります。
主な土壌微生物の種類 |
種類 |
形態と大きさ |
栄養性 |
種類の数 |
細菌 |
単細胞(0.4〜2.0μm),あるいは細胞
の連鎖状 |
従属栄養、独立栄
養 |
約1,600種類 |
放線菌 |
糸状の細胞
(直径0.5〜2.0μm) |
従属栄養 |
約1,000種類 |
糸状菌 |
分糸状の菌糸
(直径3.0〜50μm) |
従属栄養 |
8万〜150万種? |
原生動物 |
単細胞動物
(体長20〜200μm) |
従属栄養 |
約4万4千種類 |
表:2-2: 主な微生物の種類
微生物には色々な種類があり、夫々に機能が異なります。糸状菌は現在8万種類が発見されていますが、150万種類はあるだろうというのが学者の見解です。
どんな有機物でも微生物によって好みがあります。植物が育ちやすい土を造ってくれる微生物の餌が必要です。最も良いのは植物の残渣からできた物です。
最高なのは枯葉を腐食させた堆肥です。
植物と土中微生物は共生関係にあります。寄生する植物?微生物のどちらがいなくなったらもう片方も絶滅してしまいます。お互いに栄養分をやり取りしているからこそ共生繁栄していけます。枯葉や枯枝の中には微生物の栄養源となる、フルボ酸などのビタミン、ミネラルや炭水化物が豊富に存在し微生物はこれを栄養として生きることができます。
深い森の中の土壌にはたくさんの種類の微生物が棲んでいます。このような土壌を豊かな土壌といいます。
土壌の機能 |
1. |
植物の養水分を貯蔵、供給し、その生育を支え、その後の食物連鎖で陸上のすべての生命を養う機能。 |
2. |
植物や土壌動物、微生物などの生息環境として、生物多様性の維持保全を行う機能。 |
3. |
土壌生物、土壌有機物として、植物が獲得したエネルギー循環(炭素循環)の一員としての炭素貯蔵。 |
4. |
生物遺体や排泄物、化学物質を分解し、浄化する機能。 |
5. |
地球上の水循環経路として、生物の育成や物質循環を調節する機能。 |
6. |
大気圏とガス交換を行い、大気組成を維持する機能。 |
7. |
植物、建造物の支持基盤としての機能。 |
8. |
窯業や建築資材などの原料。 |
9. |
化石や遺物を保全する歴史の貯蔵庫。 |
10. |
景観構成要因としての機能。 |
表:2-3 土壌の機能 (土壌サイエンス入門、三枝正彦・木村眞人編、文永堂出版、2005)より引用
土壌の機能は、単に植物を育てるだけでなくいろいろな働きをしている事がわかります。表:2-3の5番の水循環経路は、雨水や河川水が土壌に滲み込む過程で、土壌の力で汚れた水がろ過され、きれいな水になり地下深くに蓄えられ、長い年月を経て地上に湧出してきます。